〜聖なるポニーテール〜
1986年6月22日、1986FIFAワールドカップ・メキシコ大会準々決勝、アルゼンチン対イングランド。

イングランドの必死の抗議も実らず『神の手』ゴールが認められてから4分後、今度はセンターライン付近でボールを受けたマラドーナが、そこから右サイド寄りに猛然とドリブルを開始。「マラドーナの、マラドーナによる、マラドーナのための大会」の最大のハイライト・・・

マラドーナ
1988年6月25日、UEFA欧州選手権1988(ユーロ1988)決勝、オランダ対ソビエト連邦。

初の欧州制覇を目論むオランダの前に立ちふさがったのはグループリーグで苦汁をなめさせられたソビエト連邦。前半34分に幸先よくルート・フリットのゴールで先制したオランダ。そのまま1-0で前半を折り返し、後半9分・・20世紀、いやサッカー史上最高のゴールと謳われるスーパーゴールがドイツのオリンピアシュタディオンで生まれました。

ファンバステン
2002年5月15日、2001-2002シーズンUEFAチャンピオンズリーグ決勝、グラスゴーのハンプデン・パークで行われたレアル・マドリード対レバークーゼン。

2年ぶり9度目の栄冠を狙うレアルは前半8分、ラウル・ゴンサレスのゴールで先制、一方レバークーゼンも同13分にルシオのゴールで1-1に・・・どちらかと言えばレバークーゼンのペースで進んだ試合展開の中で迎えた前半終了間際の44分。

ジダン
1998年7月4日、1998FIFAワールドカップ・フランス大会準々決勝、オランダ対アルゼンチン。

オランダは前半12分、流れるようなパスワークからクライファートが先制。アルゼンチンもその直後の17分にベロンのスルーパスに抜け出したクラウディオ・ロペスが冷静に決め同点。そしてそのまま時間は流れ、1-1のまま試合が終了するかと思われた後半44分。

ベルカンプ
1999年5月26日、1998-1999シーズンUEFAチャンピオンズリーグ決勝。FCバルセロナの本拠地カンプノウで行われたマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)対バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)。

戦前から、中盤の要である主将のロイ・キーンとポール・スコールズを出場停止で欠いており、厳しい戦いになるとみられていたマンチェスター・ユナイテッド。予想通り、試合は開始からバイエルンペースで進み、前半6分、マリオ・バスラーのフリーキックでバイエルンが先制。そのままバイエルンペースで0-1のまま後半ロスタイムへ・・・誰もがバイエルンの勝利を確信していました。

マンU
2001年6月17日、2000-2001リーガ・エスパニョーラ最終節、FCバルセロナ対バレンシアCF。

勝たなくては来季のUEFAチャンピオンズリーグに出場する事が出来ないFCバルセロナ。そのCL枠をかけた直接の相手、バレンシアCFとの大一番。

リバウド
2001年10月6日、2002FIFAワールドカップ・日韓共催大会欧州予選最終戦、イングランド対ギリシャ。

引き分け以上がW杯本大会出場への条件となっているイングランドにとってギリシャに1-2とリードされている後半ロスタイム・・・本当に絶体絶命の場面です。

ベッカム
2004-2005UEFAチャンピオンズリーグ・グループA、リヴァプールFC対オリンピアコスCFP。

オリンピアコスのリバウドにFKからアウェーゴールを奪われ、グループリーグ突破のためには2点差以上の勝利が義務付けられたリヴァプールでしたが、2-1のまま試合終了目前・・・・オリンピアコスファンはグループリーグ突破に心躍らせ、リヴァプールファンは誰もがグループリーグ敗退の二文字を頭に思い浮かべていた時でした。

ジェラード
”赤い悪魔”マンチェスター・ユナイテッドがトレブル(プレミアリーグ、FAカップ、UEFAチャンピオンズリーグの三冠)を達成した1998年FAカップ準決勝、再試合のマンチェスター・ユナイテッド対アーセナルFC。

0-0で迎えた後半28分、チームの精神的支柱のロイ・キーンが退場し、後半終了間際にはアーセナルにPKが与えられベルカンプが蹴ったシュートをシュマイケルが止めるとゆう苦しい展開の中で迎えた延長戦。

中盤でアーセナルのMFヴィエラのパスをカットしたギグスは猛然とドリブルをはじめ・・・

ギグス
1970年6月7日、1970FIFAワールドカップ・メキシコ大会グループC、ブラジル対イングランド。

ペレやジャイルジーニョら強力な攻撃陣を擁するブラジルは序盤から攻勢に出ましたが、絶好調のゴードン・バンクスはことごとくゴールを阻止。

そんな中迎えた前半18分、センタリングが上がった際、ニアサイドを警戒していたゴードン・バンクスの裏をかき、逆サイドに走り込んできたペレがとてつもないヘディングシュート・・・

バンクス