サッカー無料動画館

~聖なるポニーテール~サッカー動画紹介ブログ!YouTubeなどで主に選手個々にスポットを当てたサッカー動画を紹介。

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[動画]ドラガン・ストイコビッチ お洒落ヒールキック集

現在、Jリーグ・名古屋グランパスの監督を務めるドラガン・ストイコビッチ(Dragan Stojkovic)のお洒落なヒールキックをまとめたYouTube動画です。変幻自在のボールテクニックと正確無比なフリーキック、そして、相手の意表を突くクレバーなプレーの数々で観客を沸かせたドラガン・ストイコビッチ。当時「東欧のブラジル」と呼ばれ、ヨーロッパ屈指のタレント力を誇ったユーゴスラビア代表の10番を背負った天才MFです。


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[動画]ドラガン・ストイコビッチ スーパーゴール集(Part1~3)

ユーゴスラビアサッカー界が生んだ最高の才能“ピクシー”ことドラガン・ストイコビッチの名古屋グランパス、レッドスター・ベオグラードやマルセイユ、ユーゴスラビア代表などでのスーパーゴールをまとめた動画です。ドリブル突破、フリーキック、ループシュート、ダイレクトボレー、そしてヘディング・・・ピクシーのゴールはパターンも豊富でしかも美しい!世界最高峰の技術が、あの頃は日本のJリーグで見れたのですから幸せな時代でしたね。


[動画]ドラガン・ストイコビッチ スルーパス集

東欧のブラジルと謳われた旧ユーゴスラビアサッカー界の英雄、“ピクシー”ことドラガン・ストイコビッチの華麗すぎるスルーパスをまとめたYouTube動画です。Jリーグの在籍期間が長かったためか、「ストイコビッチは世界じゃ無名」という間違った批判をたまに見かけますが、それは全くの出鱈目。ご覧の通り、誰が見ても世界トップクラスの選手である事は間違いありません。キレ味鋭いドリブル、ボールコントロール、パスセンス、フリーキック、体の使い方などサッカーに必要な要素を高いレベルで持ち合わせ、当時、欧州屈指のタレント集団であった旧ユーゴスラビアで、あのサビチェビッチやミヤトビッチらを押しのけ10番を背負っていた天才です。


[動画]ドラガン・ストイコビッチ BSウィークエンドスペシャル(Part1~5)

”ピクシー(妖精)”ことドラガン・ストイコビッチの引退時のBSウィークエンドスペシャルです。ストイコビッチのグランパス入団、ユーゴ内戦と制裁、Jでの苦悩、ヴェンゲル監督との出会い、1995年Jリーグ年間MVP獲得、仏W杯での日本人の応援、ピクシーの生い立ち、レッドスターでの活躍、引退発表、名古屋での暮らし、ラストシーズンの奮闘、ラストゲーム、最後のメッセージ・・・ストイコビッチの様々な想いが詰まっています!

ピクシー

[動画]ドラガン・ストイコビッチ スパサカ ボレーの虎・ストイコビッチ編

スーパーサッカーの人気!?企画ボレーの虎のストイコビッチ編を収録した動画です。“レフティモンスター”小倉隆史と“妖精”ドラガン・ストイコビッチのボレー対決です。

ボレー

[動画]ドラガン・ストイコビッチ スーパーサッカー引退特集

“ピクシー”ことドラガン・ストイコビッチのスーパーサッカーの引退特集を収録したYouTube動画です。名古屋、そして日本のサッカーを支えてくれたピクシーもとうとう引退。ファンに愛され、そしてファンを愛した世界のピクシーの最後の晴れ舞台です。

ようこそ妖精の住むサッカー場へ・・・

ピクシー5

[動画]ドラガン・ストイコビッチ キックターゲット

前回のキックターゲットでは4枚とゆうピクシーらしからぬ成績で終わったドラガン・ストイコビッチ。そんなストイコビッチの2回目のチャレンジとなったキックターゲットを収録したYoutube動画です。パーフェクトなるか!?

ピクシー4

[動画]ドラガン・ストイコビッチ スーパードリブル集

1965年 3月3日ユーゴスラビアのニシュで産声を上げたピクシーことドラガン・ストイコビッチ。1981年に地元クラブ、ラドニツキ・ニシュに加入後1983年にはプロ契約へと移行し、プロとしてのキャリアをスタート。1984年、弱冠19歳にしてEUROフランス大会に出場したユーゴスラビア代表に選出され、これがストイコビッチの国際大会デビューとなりました。対フランス戦ではPKによってゴールを決め、当時のユーロ最年少得点記録を更新。この記録はEURO2004にてルーニーに更新されるまで破られることはありませんでした。そんな天才ドラガン・ストイコビッチのスーパードリブルを収録した動画です。

ストイコビッチ3

[動画]ドラガン・ストイコビッチ ディフェンステクニック集

除隊後の1986年、国内の名門レッドスター・ベオグラードに移籍したドラガン・ストイコビッチ。1987年にはユーゴスラビア国内リーグのMVPを獲得するなど若き天才としてその名を轟かせ、1988年にはそれまで後塵を拝していたライバル、パルチザン・ベオグラードから覇権を奪回。国内リーグ優勝を果たし、2年連続で国内リーグMVPを獲得。一部リーグの全チームの主将と監督による選手投票でもMVPを獲得し、名実ともにユーゴスラビアのスターとしての地位を若くして確立すると、同年開催のソウルオリンピックにもユーゴスラビア代表として出場、3試合出場で2得点1アシストと活躍します。

オフシーズンにはベンゲル率いるASモナコと親善試合を行い、この試合後、ベンゲルはストイコビッチ獲得を申し込みましたが、当時のユーゴは26歳未満は移籍禁止という旧共産圏の移籍条項が残っており、移籍話は流れてしまいます・・・そんな“ピクシー”ことドラガン・ストイコビッチのディフェンステクニックを収録した動画です。ピクシーは攻撃面だけではなく、守備面でも突出していたのです!

ストイコビッチ


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